コータとタンザニア隊員
2007/09/17
タンザニアからの旅から約一週間が経過した。
様々なアフリカのイメージを覆され、そう簡単に行けそうもない場所にも行けたにも貴重だが、1年5ヶ月前まで自分も同じ境遇であった青年海外協力隊としてのコータや他のタンザニア隊員との話も思い出深いものとなった。 コータには、タンザニアのダルエスサラームに到着した時から、帰国する時まで常に一緒に行動し、本当にお世話になった。 自分がフィリピンに赴任していた2005年3月に遊びに来てくれた以来、約2年半ぶりの再会だったが、違和感はまったくなかったように思う。お互いの近況、仲間の目出度いことや悲しいこと、最近の日本のニュース、今季のプロ野球のこと、フィリピン共和国のこと、タンザニア共和国のこと、赴任後や帰国後のこと、かつてのツーリングのこと、本当に様々なことを語り合った。二人の共通項が多いだけに、話は尽きなかった。 そんなコータの任地(ネワラ)に訪問することができなかったが残念だ。 首都のダル・エス・サラームから飛行機を使っても片道1泊2日(バスだと17時間だとか)もかかってしまうため、この短期間のタンザニア旅行ではどうしても行くことができない。よって、この旅行の計画当初はネワラにも行きたいと考えていたが、相談の結果、渋々見送ることになったのだ。任地のネワラはタンザニアの隊員の赴任地の中でもかなり田舎にようで、相当不便な生活を送っているようだ。 まず、学校や住んでいる家には水道が通っていない。さらに、電気は計画停電で夜間帯で使えないことが多々。さらにさらに、ガスなんてものは町にはないらしい。 料理やお湯を沸かすには、雨季の間に井戸に貯めてある雨水を使って、炭で火をおこす必要がある。そんな手間を考えると、どうしても近くの食堂に食べに行くしか手段がないとか...。不便ではあるが、2年という限定されている期間だからか、それを楽しんでいるようにも見えた。本当に逞しくなったなぁと感じた。 そもそも何ヶ月も前の雨水を沸騰させれば飲料水として使って大丈夫なのかという疑問があるが、他に手段がないのだから仕方ないのだろう。ガスがないから炭で火をおこすなんて、毎日がキャンプ気分ということか。 理数科教師隊員のため活動は高校生へ数学や理科の授業を行っている。 活動も生活もスワヒリ語を使うのが9割らしく、英語はほとんど使っていないとのこと。なので、訓練所で習った英語を忘れ(捨て?)、全て現地語であるスワヒリ語で暮らしている。旅中にガイドなどに英語で話し掛けられても、スワヒリ語で返すような、端から見てみたら笑ってしまうような不思議な会話のシーンを幾度となくみた。 また、旅行中にタンザニア隊員連絡所(ドミトリー)を訪問したり、旅行中に同じく旅行をしていた隊員達に偶然ホテルで遭遇して夕食を一緒したこともあった。隊員とはどういう人種なのか当然よく知っているのだが、タンザニアで活動している隊員の生活を聞いて驚くこともあった。 水道も井戸もない家のため、湖から直接水を引いている隊員。タンザニア人と付き合っており、任期終了後は再度タンザニアに戻って家を建てたいと夢を語る女性隊員。色々な、逞しい人がいるものだなぁと思った。隊員時代はこんなことを聞いても当たり前のことのように流していたが、いざ日本に帰国し、普通の社会人となってから、この類のことを聞くと感心してしまう。 タンザニアのこと、タンザニア隊員の生活や活動が垣間見れた、本当に貴重で感動が多かった旅立った。 ※以下の写真は、コータのブログより借用しました。 コータの活動風景 コータの任地・ネワラの中心地 コータの配属先である学校の正門 コータの配属先である学校の全景 前任者から受け継いだコータの家 貴重な雨水を貯める井戸 Wanna be a Tanzanian! 【タンザニア旅行記】 ●今日タンザニアへ出発 ●@Tanzania(9/6) ●タンザニアから帰国 ●アフリカのイメージ 【関連エントリ】 ●アフリカ大陸へ旅行 ●アフリカへの航空券 ●タンザニア行き決定! ●タンザニアまで1週間 ●タンザニアビザ取得 ●タンザニア旅行の直前準備 |