コレヒドール島への旅行
2010/02/27
今回のマニラ滞在、2度目となる週末を迎えた。
先週は1泊2日でセブに行ったので(セブ再々訪1日目/セブ再々訪2日目)、今週はマニラで過ごすことにした。 行き先は、「コレヒドール島(Corregidor Island)」。 コレヒドール島はマニラ湾の入口に位置するため、戦争時に利用され、スペインやアメリカが要塞を築いた場所である。太平洋戦争時には日米の激戦地となり、ダグラス・マッカーサー将軍がここコレヒドール島に司令部を置いて防御戦闘を指揮した。4,000人以上の日本人がここで犠牲になったという。 コレヒドール島内には至る所に戦争の痕跡が残っており、現在ではその歴史をたどる観光の島になっている。これまで行く機会がなかったが、歴史を学ぶ意味でも、この観光ツアーに参加することにした。 朝は7時にフェリーターミナル集合という早さ。 基本はツアーのみでしか島を廻れないため、事前に申し込みをしておいた。 マニラ湾からコレヒドール島へは、高速フェリーに乗って75分で到着する。 コレヒドール島に降り立つと観光バスに乗り分けられ、日本人は日本語を話すガイドのバスに行くよう指示される。今回は一人で参加していたが、他に日本人が8名居て、1日一緒に行動することになった。 日本人だけでなく、欧米人、そしてフィリピン人も多くこのツアーに参加しており、かなりの大人数となる。島に宿泊施設もあり、さまざまなアウトドアアクティビティが堪能できるらしい。 島に到着した9時半頃から昼食を挟み、16時までのんびりとした観光が続く。 コレヒドール島内を走っていた路面電車の跡 ダグラス・マッカサーはこの島で「I shall return.」と言い残した コレヒドール島戦没者の慰霊の碑 戦争当事の様子を再現しているマリンタ・トンネル 島には砲台跡があちらこちらにある 観光バスで太平洋戦争の痕跡を巡る 太平洋戦争時の廃墟となった建物が残っている① 太平洋戦争時の廃墟となった建物が残っている② 高台から島の先端をのぞむ コレヒドール島全体が見渡せる灯台 のんびりとは言え、炎天下の中の外での観光はさすがに体にこたえる。 水分をいくらとっても、喉が乾き、終盤はバテバテになってしまった。 ![]() 16時にコレヒドール島を経ち、マニラに戻ったのは17時半。朝6時半にホテルを出てから、丸1日がかりの観光ツアーだったことになる。 日本人としてフィリピンという国と付き合う上で、知っていて損はないことを、このツアーで色々学べた。フィリピンで、日本人戦死者の慰霊碑に線香をあげるという貴重な体験をさせてもらった。日米の激戦地となった島を、フィリピン観光省が整備し観光客に公開している意味を汲み取れた気がする。 【関連エントリ】 ●フィリピン出張決定! ●明日からフィリピンへ ●ついにマニラ到着 ●久々のマニラ滞在中 ●クリスマス真っ只中 ●フィリピンより帰国 ●比から帰国1週間 ●明日から夏の比国へ ●フィリピンに到着! ●フィリピンビュッフェ ●トントンマッサージ ●ビデオケ屋へ ●2度目の比出張より帰国 ●セブに行けるかも ●三度フィリピン到着 ●明日マニラからセブへ ●任地セブ再訪1日目 ●任地セブ再訪2日目 ●3度目の比出張より帰国 ●1週間ぶりのフィリピン ●また週末セブへ行くかな ●セブ再々訪1日目 ●セブ再々訪2日目 ●渡比から1週間が経過 ●フィリピン携帯購入 |
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